循環こそ真の豊かさ

ADHDの独り言

「豊か」と聞いてあなたは何を思い浮かべるだろうか。

大金を稼ぎ、裕福な暮らしをすることか。

愛する人々に囲まれて生活することか。

はたまた自由気ままに風の如く生きていくことか。

私の行き着いた答えの一つはこうだ。

「循環すること」

今回はこの答えに行き着いたプロセスを交えて

解説していきたい。

とある農家さんがくれた大きなヒント

マルセイは日々考えていた。

人、動物関係なく幸せになるにはどうしたらいいのか

そこで、とある農家さんの元へアポをとり

お話を聞きに行った。

そこで大きなヒントを得たのだ。

その往復1000km越えのロングトリップの話は

別記事に譲るとして、

今回は「豊かさ」の真相に迫る。

豊かさの循環の一員として存在すること

まず、本当の豊かさとは

自分だけがモノを所有していることではない

豊かさの循環の一員として存在することだ。

自分以外の他者と共に

豊かさを共有すること

それこそが真の意味での豊かさだと気づいた。

しかし世間には勘違いしている人々が少なくない。

だからこの世界には争いが絶えない

愚かなことを繰り返す

争いは悲しみしか生み出さず

破滅にしか向かわないというのに。

勝つことへの執着の理由とその無意味さ

なぜ勝つこと執着するのか

それはその争いに勝利した暁には

自分の欲しいものを「手に入れる」ということへの

強烈な執着があるからだ。

しかし私は思う。

勝つこと、負けることなんて重要ではないのだと。

私個人の考えだが、

私は自分がたとえ莫大な富や名誉を得ても

その裏で苦しむ人々や動植物がいるのならば、

そんなものは欲しくない

むしろそれらを投げ打ってでも

彼らを救い出したいのだ。

自分1人がモノを持つこと

一見「豊か」になることは

本当の意味で豊かとは言えないからだ。

私が心から望んでいるのは、

全ての命が

皆で、一緒に

幸せになること

この世界の一部の誰かだけではなく。

「ない」という思い込みが加速させる「過剰な生産」

多くの人々は

豊かさが「ない」から問題が生まれる

問題の原因は「欠乏」にある

思い込んでいる

だからもっと生み出そう、もっと集めようと

過剰な生産をする。

そして必要以上の物資を生み出し

その裏では、その弊害を受ける多くの命が存在している。

「ない」という幻想に囚われ、過剰に生産し、

まだ足りない」と嘆く。

しかし私はそれは誤りだと思う。

「豊かさ」の停滞こそが問題の本質

この地球という惑星にはすでに十分な豊かさが存在している

ではどうして苦しむ命があるのかといえば

その豊かさの循環が停滞しているからだ

どこか一点あるいは数カ所に

この惑星に存在している「豊かさ」が停滞している

それは本当の意味での豊かさの意味に気づくことのできない

愚かで、哀れな誰か

独り占めしているからなのではないか。

周囲の人にシェアすることは豊かさ?

この星の富を享受しているラッキーな人々の中には

自分は家族や恋人、友人など他者に富をシェアしている

だから独り占めなんてしていない

と考える人も多いだろう。

そう考える人が大半だと思う。

確かにそれは正しくもあり、誤りでもある

自分の意識の範囲内の誰かにしか向かわないシェア

自分、そして自分の周りの人々のためにその豊かさをキープすること

それは本当の豊かさに気づけていない証拠だ。

結局は自分にとって大事かどうか

自分という基準の中で境界線を引いている

しかし、私たち人類は人間に限らず

この星に生息するあらゆる生命と共にこの地球で生きている

たとえ相手の姿は見えずとも

お互い何かしたらの影響を与え合って生きている

あなたは今の自分が生きることができている理由の全てを

紐解いて説明できるだろうか

解明されていないあらゆることの積み重なり

奇跡のように日々生きることができている。

私は全ての命が存在していること

その時間こそが奇跡だと思う。

つながりの中で生きる生命

そしてどの命も一つで完全に独立して

生きていられるわけではない。

互いに影響しあい、時にそれは「支え合う」と解釈することもでき

そんな命と命の「つながり」の積み重なりで生きている。

それが個々の生命を支え

個々の生命が網のように互いに繋がりを持ちながら

一枚の布のように存在しているのが

この地球なのではないだろうか。

たとえば、

南国の小さな虫が、花や木々を、それが鳥を、その鳥が他の植物を支えている。。。

なんて風に繰り返されて

私たちは繋がっているのかもしれない。

遠くの誰かに支えられる自分の命

一つ一つの「繋がり」を紐解いていけば

私たちが想像もしなかった命

私たちの命を支えてくれていたことに気づくかもしれない。

だから私は

目に見えるものだけを信じ、

守ろうとするのではなく

この世界の全ての命に愛と感謝の心を持つことが大事なのだと思う。

その心があれば、

自ずとこの世界の豊かさは

この丸い地球上に循環していくのだと思う。

そこに人も、動植物も、魚も、虫も関係ないのだ。

命に境界線など存在しないのだ。

豊かさが循環することで、

異なる幸せを持つあらゆる命が

自分にとっての幸せを受け取ることができる。

なぜなら豊かさの循環

個々にあった形に変えて

幸せが循環することを意味するからだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました