最近マルセイは意識的に旅をしている。
当日までどこへ行こうか、何を食べるかなど
調べ物をしている時間が一番楽しかったりする。
しかし、そこに終わりはないのだ。
延々とああでもない、こうでもないとひたすらに調べ続け、
なんとしてでも失敗のない完璧な旅を作り上げようとする。
しかし、実際に旅に出れば当初自分が計画していたことなんて
ほとんどその通りには進まず
臨機応変にその時の流れに従って行動する。
そして後から振り返って、
今回の旅が自分に与えた意味を考えるのだ。
そこでマルセイは気づいた。
旅先で何をするのも重要ではなく、
そこにどれほどの意味を見出すことができるかは自分次第なのだと。
抽象的な導入で理解しかねると思う。
私自身も漠然としたことを話していると自覚している。
今回は旅に意味を見出すのは自分自身であるという気づきの解説をしていきたい。
完璧な旅を追い求めていた

ある日、私はひたすらに旅先で食べるものを調べていた。
何時間も、何日も
似たような検索ワードでひたすらにその旅先のグルメを調べていた。
そして気づいた。
何を食べるかは重要ではない。
私が本当に欲しいのは
美味しいものでも、限定品でもなく
この人生を彩る
そこでしか得られない一瞬のひとときなのだと。
コンビニのおにぎりと水が三ツ星に勝る理由

あらゆる物事に
意味を、そして価値を与えるのは自分自身なのだと気づいた。
食べ物も然り。
満点の星空の元、食べるのなら
例えコンビニのおにぎりでもご馳走になる。
ただのペットボトルの水ですらも。
大行列の人気店に食べに行ったとて、
確かに美味しいかもしれない。
世間の流行に乗っ取り、
それを自分も体験し
満足した気になるかもしれない。
けれども、それが本当に自分の望むことではないのなら
そこに意味などないのだ。
社会が評価することと
自分の心が深く求めるものが
一致してる保証など
どこにもないのだから。
高価なレストランや
満腹になれる高コスパのレストランが
私を「幸せにしてくれる」なんて思って
そんな受け身の甘ちゃんな姿勢で探していたから
何もピンと来なかったんだ。
自分が本当に求めるものは自分の心が知ってる

私が本当にすべきこと
それは私自身がどうありたいか
それを考えて実行することだった。
この旅の本当の目的が何かを考える。
私はそこでしか味わえない唯一の「体験」を
求めていたのだと気づいた。
食べ物そのものではなく。
自分が心から望むことがなんなのかは
自分自身が一番知っているのだ。
本当は何が欲しいのか
何を感じたいのか
どんな時に幸せを感じ
そのために何をしたいのか
その全ては、他人ではなく
自分が知っているはずだ。
一度周囲の声をシャットアウトし、
自分の心の声を聞く時間を設ける重要性に気づいた。
自分史のどんな1ページを作り上げるのか

10年後、20年後振り返った時に、
記憶の一欠片として
心に残るような、
そんな1シーンを私はずっと「旅」に求めていたのだと思う。
1日、1日を
価値あるものとして刻みたい。
だから何がそれにつながるか考えていたんだと思う。
まるで物語を描いているかのようだ。
私自身が主人公であるこの度は
いつの日かグラフィックノベルの1作品として
世界中に届く。
その時、
私が紙の上に線を描くとき
ワクワクしながら描ける
そんな思い出を求めて今日も旅をする。


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