パンセクシャルの私が語るADHD✖️恋愛

ADHD

今回はADHDであり、パンセクシャルという

ダブルでマイノリティな私マルセイの恋愛観について解説する。

これが全てのADHD、パンセクシャルに通じるわけではないが

一例として参考にしていただければ幸いである。

早速解説していきます。

パンセクシャルとは?

JobRainbow MAGAZINEによると

パンセクシュアルとは、「好きになるにあたってセクシュアリティを条件としない」というセクシュアリティを指します。言い換えると「好きになることに相手の性のあり方なんて関係ない」というセクシュアリティです。オムニセクシュアルや全性愛と呼ぶこともあります。

この感覚は私の人に惹かれる際の感覚にピッタリと一致していた。

というのも、外見や年齢、国籍やステータス、そういったものはサブであり、

その人の本質ではないと感じるからだ。

性別も然り。

私が心惹かれるのは、

その人の持つカテゴリーではなく、

その人自身なのだ。

目には見えないが、確かに存在する魂に惹かれるのだ。

肉体は魂のただの器、心惹かれるはその中身

私は人の中身、

目には見えない部分に対して「綺麗なもの」を感じることがある。

その輪郭のない、はたまた触れることも、見聞きすることもできない

けれどもその人物をその人物たらしめている必要要素

それを垣間見た時、私はその人に強い好奇心を抱く。

他の人とは異なる信念を持っている

人に流されることなく、自分の道を突き進む、

そんな「想い」や「信念」、「思想」など

その人物の持つ世界観どんな人生を生きようとしているのか

どんな人生を作ろうとしている人間なのか

そこに強く惹かれるのだ。

ADHD✖️恋愛

マルセイはADHDだ。

基本的に好奇心旺盛

どんなことでも一度興味を持てば真っ直ぐに突っ走る

それはまるで、エドワード・ハロウェル博士のいうように

フェラーリのエンジンに自転車のブレーキなのだ。

恋愛も然り

一度興味を持てば、どこまでも歩み寄ろうと努力する。

ただこの歩み寄りが

実際にはその人物に本当に恋しているが故の行動とは限らないのだ。

未知に恋をしている

未知の物事に対する、私の強烈な好奇心衝動性ゆえの行動力

これらの性質はそのまま恋愛にも発揮される。

しかし、恋愛に限らず、

ある程度まで答えが分かってしまうと

一気に興味を失うのだ。

恋愛においては、

最初は未知の人物である「その人」を知ろうと

その人の世界に踏み込んでいく

そうしてお互いに心開き、親しくなる。

毎回同じパターンだが、

それから高確率で友達以上恋人未満の関係になる。

しかし、私は相手のことをある程度理解し、

それまでは知らなかった相手のあれこれを知り、

ある程度どんな人物なのか分かってしまうと

それ以上一緒にいる意味を見いだせなくなってしまう

未知が未知ではなくなること、満足してしまい、

同時に好奇心・探究心を突き詰める衝動性

未知を渇望するようになる。

次の未知を求めて、

物足りない心をぶら下げる不快感に苛まれる。

その人と一緒にデートをして、

恋人のするようなことをして

それで一日楽しくやってて、

でも似たようなことの繰り返し。。。

そんな恋愛ごっこのようなものに飽きてしまうのだ。

先のわかっている恋愛に興味を持てない。

退屈ほど苦痛はない

本当に求めているものは恋人ではなく未知の世界

私が心から求めていること、

それは恋愛ごっこでもなければ

恋人でもない。

私は未知の世界に強烈に惹かれているのだと自覚している。

恋焦がれるという感覚がいまいちわからなかった。

四六時中その人のことを考えて胸がいっぱいになる

その人がそばにいるとドキドキして目も合わせられない。

そんな甘酸っぱい恋

記憶にないな

その人に興味を持ったら

全力で歩み寄る

変な駆け引きもせず

真正面から。

そんな感じで、いつも最短ルートを辿って

友達以上恋人未満の関係を築いてきたけれど、

私が本当に望むゴール

必ずしも恋愛関係になることではないのだ。

ただどんな人物なのかを知りたい

知りたいから親しくする。

ある程度知ってしまえば興味をなくす

自分勝手に聞こえるかもしれないが

私はそういう脳の特性を持った人間だ。

性別はただのオプション

脳の特性上、フレンドリーで明るく、裏表のない性格のため

昔から男女関係なく好かれる方ではある。

一方、性別というものを度外視し、

興味のある人に対しては誰であろうと歩み寄る。

そのため「思わせぶりだ」「好きなんじゃないかって勘違いされる

なんて忠告も度々。。

しかし

なぜ相手が自分とは異なる性別だからと言って

好奇心に蓋をしなければいけないのか。

私は性別はただのオプションであり、

本質はその中身だ。

その中身に価値を見出しているのだから、

性別に囚われてその価値あるものを見逃したくないのだ。

面白い人間に性別は関係ないのだ。

手段としての恋愛ごっこ

しかしそのような歩み寄りで

友達以上恋人未満の関係に発展した結果、

最後はどこへ向かうかといえば

恋愛モードに入った相手からは

恋人としての関係を求められる。

しかしここで互いの目指すゴールにズレがあることを理解するのだ。

私はその人の中身が未知であったこと

その未知を解明することにワクワク感を抱いていた。

恋愛ごっこなど興味はないのだ。

その人を知るための手段としての恋愛はあり得るが、

その逆はあり得ない。

関係性の変化への好奇心

私は基本的に1人で十分時間を楽しむことができる

作家として日々フィールドワークや制作に打ち込み

自分の世界観を注いだ唯一の作品を世界に発信することを目指して。

探究心や好奇心、そしてそれを突き詰めるための行動力はピカイチと

自負している。

自分の世界にいるときに他人に邪魔はされたくない

私にとってグラフィックノベルアーティストとして活動すること

人生の全てとも言えることであり、

恋愛の優先順位は自ずと下降していく。

そのため相手が恋愛モードに入ると厄介に感じてしまうのだ。

しかし、

友達時代恋人時代

この人はどう変わるのだろう

そんな好奇心があるうちは

やはりそれを知りたいという衝動性ゆえに

恋人関係に発展することを許容することはできる。

しかし恋人関係を続けるため

自分を抑制したり、自由を奪われることは決して容認できないのだ。

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